大判例

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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)503号 決定

本件記録によれば、原審に本件異議の申立がなされたのは、昭和五六年四月二〇日であるが、本件公正証書につき執行文が付与されたのは、昭和五四年一〇月二二日であって、それが改正前の民事訴訟法第五六二条による一個の独立した執行事件に当ることはいうまでもないところであり、右付与に対する異議並びに異議の裁判に対する抗告は、いずれもこれに対する不服の申立にすぎず、別個独立の執行事件とはいえない上に、法改正前にあっては、一定の場合執行文の付与につきこれを裁判長の命令にかからしめる等一般的に慎重な手続を用意していたのに対し、民事執行法は、執行文の付与をもって一種の公証事務であることを明確にした上、比較的簡易な手続によらしめることとしたこと等法改正の趣意にも徴し、旧法当時になされた執行文の付与については、これに対する異議並びに異議の裁判に対する抗告の手続は、いずれも民事執行法附則第四条第一項に則り、同法施行後においてもなお従前の例によるべきものと解するのが相当である。とすれば、本件抗告は、前記異議の申立が同法の施行日である昭和五五年一〇月一日よりのちになされたことが明らかであるが、執行文付与に対する異議の裁判につき不服の申立を許さないとする同法第三二条第四項の適用はなく、なお従前の例にしたがい、その申立は許容されて然るべきものと考えられる。

抗告人は、抗告理由の第二として、本件公正証書第一九条によれば、賃借人たる相手方において延滞賃料又はその責に帰すべき事由による損害金あるいは損害の償却費金六〇万円を差引いてなお残額がある場合に限って、抗告人に対し敷金の返還を求めることができる旨定められているところ、相手方は昭和五二年七月分から昭和五四年一〇月分までの賃料を支払わないのみならず、前記その余の各義務についてもこれを履行しないまま執行文の付与を求め、公証人もまた右の各義務が履行された旨の証明がなされていないにもかかわらずこれを付与するにいたったものである、とする。

そこで考えるに、右第一九条には、敷金は、賃貸物件の完全な明渡し、返還を受けたときに返戻する旨定められているから、抗告人に対する賃借建物の明渡をもって敷金の返還を求めるための条件にかかるもの、すなわち執行文付与の際履行したことを証明すべき条件であるということはできるが、抗告人の指摘する前記の如き事由は、これと異なるものである。右第一九条によれば、未払賃料または未払損害金があるときはその額及び償却費金六〇万を、さきに受領した敷金二〇〇万円から控除し、その残額を返還すべきものと定められているが、この場合、右控除されるべき未払賃料等の債務の存在は、敷金返還請求権の不発生の事由であるから、右未払賃料等の債務の発生は、賃貸人が主張立証すべく、これに対し、右債務の消滅に関する事実は、賃借人が主張立証すべき性質のものと解される。右未払賃料等の控除は、敷金返還請求権の性質上当然なされるものであって、相殺とは異なるのであるが、その異議事由としての性質ないし主張立証責任については、相殺と類比して考察することができる。そうとすれば、右控除されるべきであるとの理由は、請求異議の訴において主張されるべきものであって、控除されるべき債務のないことが、改正前の民事訴訟法第五一八条第二項にいう条件に該当するものではないというべきである。原決定が、昭和五二年七月分から昭和五四年一〇月分までの賃料が未払であるという事由の如きは、本件執行文の付与を違法ならしめるものではないと判示しているのは、以上の趣旨に解されるのである。そして、若し賃借人である相手方が、控除されるべき債務があることを知りながら敢て敷金返還請求権のうち右債務の額に相当する分についても強制執行を行った場合には、相手方に不法行為または不当利得の問題を生ずることがあろうが、それは、本件とは別問題である。抗告人の右主張は、採用の限りでない。

(杉田 中村 松岡)

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